なんで生かされたのだろう?

最近、特に考え込んでしまうことがある。くも膜下の後遺症ともいうべくワレンベルグ症候群の症状だと思うが、こんなに顔面が痛いのに、なぜ生きていなくてはいけないのか疑問に思うことがある。発症からもうすぐ4年と3か月を迎えようとしている。この顔面の痛みは、くも膜下発症から役半年後にあらわれてきた症状だ。落としかけた命を救ってくれた脳神経外科の武田直人先生には、今でも感謝の気持ちでいっぱいだ。家を引っ越してどんなに遠くになったとしても、月に1度の検診は必ず伺おうと思っている。でも、この痛みを一生背負って生きていく自信がだんだんなくなってきた。この痛みは、天罰なのだろうか。呪いなのだろうか?

たくさんの命の恩人たちに囲まれて、幸せだと心から感じているが、間断なく続く顔面の痛みにこんな気持ちが薄れてしまうこともあり、あの時命を落としていた方が楽だったかなぁなどという罰当たりなことを考えてしまうことすらある。今私は、多くの大切な人たちを巻き込んで、自分にとっては大きな仕事、ある種人生の目標の一つくらいの仕事に取組んでいるが、顔面の痛みに耐えられなく、1日近くもベットに伏せることもある。こうした状況がこの4年近く続いているので、期限が過ぎてもその仕事を完成することができない。そんなストレスが、さらに顔面の痛みを激化するスパイラルへといざなっていく。

でも、そんなことには負けないとばかりに、目を休ませながら徹夜でパソコンに向かうが、膨大な量の仕事なのでなかなか完成しない。焦る毎日が続く。

しかし、あきらめることは絶対にしない。もう少しで、私の人生の目標が一つ達成するかもしれないからだ。この目標は、達成された後が問題で、長年にわたり育んでいかなければならないものだ。何度も何度もこの激痛という壁に阻まれてきたが、私は絶対に負けないといつも心の中で繰り返している。くも膜下を発症してから4か月後に退院したが、その当時は一生車いすの生活だと覚悟しており、現在もバリアフリーのマンションで生活しているが、辛いリハビリを経て何とか今は普通に歩行できるようになった。ただし、動きはおおよそ80歳くらいだ。

このような状況下で、私自身、使命や目標があったことに非常に感謝している。この使命や目標があったからこそ今の自分があるし、今は亡き父や母に長年迷惑をかけけっぱなしで、結局何一つお返しできなかったが、そうした支えがあっての今でありそのことには深く深く感謝している。親からの無償の愛をどれだけ受けたかわからない。今、私はこのような体になったが、自分を支えてくれる人が身近にいることにも本当に感謝している。ここのところ、非常にストレスがたまることが多く、「今の若者は・・・」とか、「今の世の中は・・・」と思うことがよくあり、それがストレスになることがある。そんな中、私は、ビリージョエルの「HONESTY」をよく聞くが、30年も前にできた曲なのに、歌っている心情は、今の自分の気持ちを鏡に映したようで、今も昔もそんなに変わることはないのだと思った。

一つだけ確かなことは、信頼できる人がいること、信じられることがあることだ。それが励みでもあり、生きる一縷の望みかもしれない。取り留めもないが、少しでも気が晴れればと思い、このブログをかいてみた。ああ、それにしても顔が痛い!

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