連載記事2016年11月-2 ウエディングにおける美容着付スタッフの重要性

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連載記事2016年11月-2
ウエディング当日における美容着付スタッフがなぜ重要か?

美容着付スタッフの素養
美容着付スタッフは技術者でありプロフェッショナルである。プロフェッショナルとは、どのような職種のプロかで要求される素養は変わる。美容着付におけるプロフェッショナルということは、サービス業のプロである必要もある。つまり、日本髪を結い上げたり、振袖の帯の変り結びや掛下の着付けを行う技術はプロとしての当然のスキルであるが、接客においてもプロでなければならないということだ。
美容着付で発生するコンプレインは、実は技術的なことよりも接客におけるコンプレインのほうが圧倒的に多いという現実である。
どんなに技術が髙くても、コンプレインを誘発してしまう人の対応は大きな問題になる。せっかく高い技術を有しているのに、立派な素養があるのに、サービス業であるがゆえに非常に残念な結果になってしまう。
私の知人の数名のホテルマンは、中堅規模の病院にヘッドハントされて、現在ホテルを辞めて病院に勤務している。理由を聞いてみると、病院は経営が結構厳しく、サービス業のノウハウを取り入れ、リピーターを増やさないと経営が難しいという。つまり、主に医者や看護師のサービスに関する教育だそうで、今や患者ではなくお客様だそうだ。時代の流れは様々な変化をもたらすが、病院ですらサービス精神がないと苦戦する時代であり、本来サービス業であるブライダルにおいて接客におけるサービス精神がいかに大切かということが理解できる。そのブライダルの一端を大きく担っている美容着付スタッフのサービス精神がいかに重要かは言うまでもない。

日本の美容着付という伝統と文化
私の母は一昨年91歳で大往生したが、生前は和服しか着ない母だったので、私は比較的子供の頃からきものは日常的なものであった。また、大学生の頃アルバイトをしていたレストランの社長は、名古屋帯の創始者の息子で、日本橋の作業場に時々遊びに行っており、そこで名古屋帯の「結び方100選」という創始者であるお母様の著書を頂いた。
その頃から感じていたのは、「帯って凄いな」ということである。凄いのは、その値段と芸術的な結び方であった。これぞまさに日本の伝統であり、後世まで伝承しなければならない「日本の技」だと思う。
現在は、神前式が増えているとはいうものの全体の20%に満たない。残念なことは、この日本の文化である「きものと帯」の素晴らしさを知らない日本人が本に多いということである。
一本の帯で作られる帯の変り結びを目の当たりにすると、大抵の人は感動すると思う。現代は、webという万能ツールの御陰でありとあらゆるものがビジュアルで見ることが出来る便利な時代だ。しかし、感動的な物は少ない。欺瞞や曖昧模糊に満ちたwebで本物を探すことはある意味難しい。本物は、それだけで人を感動という領域に誘うが、作り物は感動という感情を感じさせない。現代の披露宴にサプライズを求める若者が多いが、見方を変えれば感動に飢えているということかもしれない。演出、演出と半ば素人の作り物ばかり見せられているから、感動に飢えているのだ。いまだに披露宴の新しい演出を探し回って、行きつく先は10年、20年前の演出のリメイクだ。そんなに探さなくても、感動は目の前にたくさん転がっている。それは、プロだけが出来るプロの技だ。プロの技は、歴史があり本質に基づいた本物だ。その本物こそ美容着付の「きものと帯」にあると私は信じている。
美容着付の業界で、是非婚礼で和装の「きものと帯」の感動を広めて頂きたい。一つだけ考慮頂きたいのは販売価格である。決して安くすることが目的ではなく、安くしないと頼めないという現実である。衣裳・美容着付・写真の企業が協力すれば、現状より更にリーズナブルな価格設定が可能なはずである。
バブル崩壊以降、神前式のシェアとキリスト教式のシェアが逆転した。その理由をトレンドという一言で片づけているが、実は、バブル崩壊後は経済低迷と同時に給与の低迷が激しかった。それはこの20年間のデフレ経済で今もなお続いている。神前式とキリスト教式では最低でも50万円以上の費用の開きがある。現状を考えれば、キリスト教式を選ぶのは、必然性以外の何物でもないだろう。

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