連載記事32 婚礼主導権が男性に変る時代に

団塊世代ジュニアの婚礼のピークの頃だろうか、ブライダルの流れは女性中心の市場にシフトしていった。婚礼の打合せにおける決定権が両親から新郎新婦へ、そして新婦の力が増していった時期であった。そして、料理もヌーベルキュイジーヌ(新フランス料理)が中心となり、レストラン料理が婚礼料理のイメージとなっていった。

この頃には、従来のプラッターサービスのように堅苦しくおしゃれ感の少ない宴会料理を提供している会場は、新婦に好まれず、このことが披露宴を受注できない一因ともなっていた。

私が勤めていたパンパシフィックホテル横浜(現横浜ベイホテル東急)のオープン前の時代は、まだまだ、ホテルと町場という言い方をされており、この両者でシェフの立場が明らかに違って認識されていた。
当時「料理の鉄人」という番組で、その初代名誉鉄人であった石鍋シェフがパンパシフィックホテル横浜の名誉総料理長になったことが話題になったが、料理の業界においても大きな影響を及ぼした。町場シェフがホテルの名誉総料理長になったことはある種大事件でもあった。

その頃、石鍋シェフの考え方やその実力は、現実的に市民権を得た状態であり、当時、我々は、石鍋料理を婚礼料理として提供することを「売り」にしていたが、外部からは、ヌーベルキュイジーヌを代表する繊細な石鍋料理そのものを宴会場で提供することなど出来るわけがないなど、色々なホテルの先輩から中傷されたものだった。その技術的な不安を払拭し、現場レベルで実現したのが、当時の総料理長で、現在ホテル日航東京の料理顧問として実績を上げている河合シェフであった。
当時ヌーベルキュイジーヌの旗手と言われた石鍋シェフの料理は、従来の婚礼料理とは一線を画す、繊細かつ大胆で一品一品の完成度が高いまさに女性好みの料理であった。コースは、オードヴル2品でアミューズありという、今では定番だが当時は画期的で、品数の多さだけでも女性のハートを鷲掴みにするものであり、その評判は非常に高く、婚礼獲得において大きな力となった。

このように料理一つをとっても、女性中心でブライダル業界は動いてきており、婚礼では若い女性をターゲットとする時代が続いてきたが、現代では、晩婚化が進み、かつ様々な場面においての決定権が女性から男性に移りつつある傾向がみられる。従来は、新婦が気に入ればそれだけで決定に持ち込めたが、現在は、新婦が気に入ることは勿論重要だが、新郎を納得させなければ、決定させることは難しくなっている。

男性が婚礼において主導権を取るようになった要因は様々考えられるが、結婚は、どんなに時代が変わろうと、特に女性にとっては、ある種理想のゴールで、誰しも望む形であり、その理想の形を成就達成するために、その願望の強い方が譲歩するために、必然的に様々な決定権が新郎にシフトしているとも考えられる。

また、晩婚化が進行する一方で、「年の差婚」という言葉ができるほど、高年齢の男性と若い女性の結婚が目立つが、一時期女性の社会進出が叫ばれ、女性が職場で活躍するようになってきたものの、実際の会社や社会は男性主導であり、最近の様々な調査結果をみても、専業主婦になりたいという希望も多く、一時期の女性の社会進出・上昇志向は頭打ちとなり、全体としては従前のように男性が主導権を握る方向にシフトしてきたと見ることもできる。

このような現状を踏まえ、婚礼接客の手法や商品開発をトレンドに向けて変化させていかなければ、顧客ニーズを満たすことはできない。特に、男性に魅力を感じてもらえる商品開発に本腰を入れて取り組まなければ、ますます新郎新婦の婚礼離れは進んでいくであろう。

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