ふらつき! むかつき# 介助つき±

ふらつき! むかつき# 介助つき±

あと2年足らずで還暦、あぁなんかすごく老人って思っていたのは10年、20年前の話。日本のこの長寿国にあって60歳はまだまだ働き盛りだ。比較にならず飛躍しすぎだとは思うが、安倍晋三首相のインターナショナルな活躍ぶりと世界のリーダーシップをとってもおかしくない活躍を見ていると自分の情けなさがより際立ってくるような気がする。

とは言っても、そんなことを真剣に考えているわけではない。私の前には大きな現実が立ちはだかっている。顔面が痛い。歩くとふらつく。そしてそういう自分についむかつく。今日は会社の公休日なので大好きなホームセンターに行ってきたが、天気はいいが、風邪が物凄く強い。バスの乗り降りも、道を歩く時も介助なしでは不安。すなわち介助つきだ。パートナーに介助してもらいながら10分ほどのバストリップだ。

クモ膜下出血で緊急搬送されてから、もう少しで5年5カ月だ。お陰様で体調はいたって良好!と思っていたが、先月の中旬に今年3度目の心臓の手術を行った。局部麻酔だと無呼吸症候群があるから基本全身麻酔で行うので、事前の心臓の造影検査を除けば、苦痛は何一つない。

3度目の手術で治るという保証はどこにもなく、結果は12月まで持越しだ。

ただ、担当のお医者様が尽力を尽くしてくださるので、全面的に信用してお任せしている。

そうこうしているうちに、10月に行ったがん検診で、大腸癌に再検査通知が届いた。

私は、もうすぐ病気の百貨店が出来るような気がしてきた。しかし、10月の中旬に心臓の手術を終えたばかりなので、まだ、大腸癌の再検査の予約を取っていない。正直・・・不安。もし、大腸癌だったら・・・と思うと、どうしても予約を取る気にはなれない。急ぎの仕事があることをいいことに、未だに再検査の予約をしていない。

実は、このたびの心臓の手術に至った経緯は、昨年のがん検診で、心臓肥大が発覚し、再検査をしたら心房細動という心臓疾患だったのだ。

だから、再検査を受けるのが、ちょっと不安なのだ。でも早く結論を出さないと手遅れになってしまっては元も子もない。気持ちだけは焦燥感に駆られ明日こそは・・・と思うのだが、この繰り返しがもうすでに2週間も続いている。あぁ・・・どうしよう。

 

ところで、このふらつきは何だろう。くも膜下で小脳にわずかな血栓が飛び、もともと運動神経をやられているので、その悪化かとも心配したが、先日の手術後に貰った薬の説明書きを見たら、貰った4種類の内、2種類が“ふらつき”の副作用の可能性を示唆していた。

私は、この“ふらつき”の原因が判明したので、妙に安心した。何かあるたびに、病魔の影におびえてしまうが、すぐに担当医に連絡をして原因を特定すればもっと早く、もっと正確に現実を把握できて安心できるはずなのに、分かっていてもそれがなかなか出来ない。性格なのか、臆病なのか、いい加減なのか、自分でもよくわからない。

しかし、薬の副作用はとても恐ろしい。ふらつき始めると、なぜか視力も落ちるような気がする。自宅の廊下を歩いていても突然胸を壁にぶつけてしまう。なぜむねなのか・・・?自分でも分からない。

 

今の私は、やるべき仕事が山ほどあり、毎日それをこなすことで1日を過ごしている。本来ならば、得意先のホテルにお礼やご挨拶に伺わなければならないと思うが、元ホテルマンとして今の姿でホテルには行きたくないのだ。それにもまして、挨拶に行って倒れでもしたら、それこそ大変なご迷惑をかけてしまう。こんな状態だと、いつかはビジネスも先細りしてしまうだろ。

そうなる前に、何とか体調を整えてセールス活動に勤しみたいと思っている。

 

自分は、結構三日坊主というか、五日坊主くらいかな?ということが多いが、それを承知で色々なことに挑戦している。

クモ膜下でいまだにお世話になっているお医者様に、身体の動きは70歳くらいの能力しかないし、今後それが実年齢の運動神経のレベルに戻ることは難しい。どちらかというと現状維持に努めることを考えたほうがいいと言われた。

自分もまさにそうだと思った。今でこそ一人で乗り物にのってどこへでも行けるが、術後は一生車椅子生活だと覚悟していたし、実際歩けるようになったのは、退院の2週間ほど前のことだった。

現在の住まいも、車椅子生活を想定して引っ越したので、駅から部屋までバリアフリーだ。とはいっても品川駅は関東エリアで1日の乗降客数では第5位の駅、1日に37万人以上の人が利用する。朝の出勤時は、人の流れが怖くて、ホームまでたどり着くのが緊張の連続だ。杖を突いていた頃は、気を使ってくれることも多かったが、杖を使わなくなってからは、健常者と変りないので気を使われることはなくなったので更に厳しい。

私は、後遺症で右半身が温痛覚麻痺の為、感覚的にはほぼ全体に温度を感じない。おまけにもともと歩行速度が非常に早いので、人の流れに逆らってホームに着いた時には汗だくだ。でも暑くない。今の時期だとその汗が体温を奪い、身体が冷たくなってしまい、その冷たさが刺激となり顔面に伝わり激痛となって左目を刺激するのだ。

顔面の痛さは1日24時間続き、寝ている以外は常に痛い状態だが、こんな痛みと1日中5年間も付き合っていると、慣れはしないが我慢が出来るようになる。ある意味人間の順応性には感謝するし、不思議なもので、時にはこの痛みが自分の励みにもなったりするのだ。

この一連の病気の症状と5年以上も付き合っていると、今まで50数年間気づかなかったことに気づいたり、人に対する感謝の気持ちが強くなったような気がする。また、他人に対しても非常に寛容になったような気もする。自分を人として客観視したとき、自分はこの病気になって良かったとさえ思うことがある。

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