頼れる男性ウエディングプランナー

男性ウエディングプランナーというタイトルを見て、珍しいと思う方は多いのではないか?なぜなら、第一線で働いているウェディングプランナーは、女性の比率が非常に多いからだ。しかし、私が社会人として駆け出しの頃は、女性のウェディングプランナーは、ブライダルマザーと言われる年配の女性しかいなかった。

日本だけではなく、世界中がどこでもそうだが、男性の身体的優位性から女性は頼りないという感覚が昔は多かった。しかし、女性の社会進出が進むと、特にウェディング業界においては、適正からしても女性の方がプランナーには適していると思われるようになった。

草食系男子と言われる人の存在がクローズアップさせる頃には、ウェディングプランナーにおいては、女性の方が能力的にも上回る現実が出てきた。また、ゲストハウスというカテゴリーが出てくると、このカテゴリーの企業は、利益追求型の投資案件としてブライダルを見ていることが多く、人件費を削減するために、過酷な条件で雇用した結果、ブラック企業と言われ、2~3年程度の短期雇用が定番となり、低いレベルでの人件費の維持が可能となった。

ホテルも、その影響を受け、若い女性のウェディングプランナーが、どんどん誕生していったのである。ホテルは、もともと宴会というくくりでブライダルを行っていたが、宴会には、一般宴会と婚礼という大きなくくりがあった。基本的に宴会の定義は、葬儀告別式以外は何でも行うのが通例だ。

そのため、宴会係は幅広い冠婚葬祭の知識が必要で、一般宴会などは、常にゼロから構築していくことや会場レイアウトの作成や機材の把握など、比較的男性の得意分野の仕事内容も多かった。それと、私の駆け出しの頃は、新郎新婦の両親が、当時は女性では頼りないという感覚が大勢を占めており、どうしても男性プランナーが求められた。

前述したように、時代の変遷とともにウェディングプランナーは女性の仕事という印象が強くなったが、最近は、IWPA国際ウエディングプランナー協会の資格を取得しにくる方に、男性が非常に増えてきた。私個人的には、非常に嬉しく、先日もお子さんが2人もいるのに、フリーランスを目指すために会社を退職し、独立する男性プランナーとお話をさせてもらったが、非常にたくましく、将来のウェディング業界に一筋の光明がさした感覚を覚えた。

2011年初頭までは、フリーランスの知名度は全くなかったが、私共の生徒や講演先の専門学校の生徒の話にも、中には、会場に就職しようか、フリーランスになろうかという選択肢としての仕事になる気配もあるが、非常に乱暴な選択肢だと思う。

しかし、私も男性でウェディングプランナーを十数年も行い、同時に宴会屋でもあり、日本のホテルでも皆無と思われるが、私は、ホテル時代、宴会部門の中に私設部署として「大工チーム」というチームを作って、電動ノコや電動ノミなど、舞台の大道具さながらの会場装飾を自社で行っていた。最近の婚礼では、会場装飾にも力を注ぎたいという要望もある。海外の一流ウェディングプランナーには、男性も多く、まさに大道具規模の会場装飾も行っている。

そう考えると、ウェディングプランナーは、男性にも適している仕事であり、今後変遷していくブライダルに、是非男性プランナーも増えてほしいし、男性のパワーで今一度ブライダルを意義ある活気に満ちた業界に育てて欲しいと願う。

 

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