おばば

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「月命日」でご紹介したが、私の祖母は「おばば」と呼んでおり、おばばは、本当に仏様かと思うほど穏やかで、人を疑わず、人からどんな仕打ちを受けようとも黙ってこらえ、愚痴ひとつこぼさず、本当に仏様のような人だった。私は、おばば大好きとは言ったことはなかったが、多分好きだったのだと思う。いつも龍角散を持ち歩いており、おばばの香りは、龍角散の香りだった。

晩年は、老化が進み今でいう痴呆の傾向が見られたが、その症状も出て半年ほどで亡くなった。三途の川は何度か渡りかけた経験があるようだが、決まってそんな時は、自分の心の中だけで進行していたお釈迦様や他の色々な方が枕元に立ったそうだ。おばばの父親は厳格な村長であり、お寺で育った時期もあり、今でいう超常現象も随分体験したようだ。

私が子供の頃は、親戚が集まったり、おばばが遊びに来たときは、今のように娯楽もないからか、話と言えば、怖い話で、臆病に超がつくほど怖がりで、その話を聞いた時は一人で便所も行くことが出来なかった。しかし、怖いもの見たさに、怖い話を聞くのが超楽しみでもあった。昔は、この怖い話も教育の一環だったように思うが、私の母もおばばも、悪いことをしたり、人を困らせたりしたら、怖い話のような目に合うと言い聞かされており、その恐怖感が歯止めになって悪いこともしなかった事実もある。

しかし、現代は秋田県のなまはげも、子供に恐怖心をあたえるという理由から、なくなってしまうようだが、なまはげも日本の伝統や文化の一端を担っており、なまはげを通して子どもの教育も行っていたのに、全く、今の世の中は、どういう感覚なのか全く理解に苦しむ。子供にとって、怖い存在は大事な存在で、それがあるから悪行を行う前の制止になることもあり、モラルも保たれるのではないか。

電車でも、子供が泣き叫んでも、無関心に放置している若い母親もよく見るが、私の常識では考えられない。私の子供が小さい頃は、「コラ、泣くな」と一言いえば子供は嗚咽しながらも黙るのが普通で、公共の乗り物の中で泣き叫ぶなど言語道断に近い行為だ。子供だからしょうがないは通らないと私は思う。

私がまだこの世に生を受けていない頃の話だが、私の父がよく私に、おばばは凄いと言っていた。何が凄いかというと、父が事業をしていて、そのときは結局倒産してしまったらしいが、月末に売掛金の回収に奔走していた時、人のいい父は、売掛回収に行っても、泣かれたり謝罪されて猶予を欲しいと言われると「はい、そうですか、わかりました」といって、結局自分が倒産してしまうということが幾度かあったようだ。その時も、さんざん売掛金回収に行くが、回収できず、入院中だったおばばを思い出し、お見舞いに行ったとき、おばばは、「父さん(父のことをそう呼んでいた)今日も大変だったな、誰それさんの家に行って、あんなに泣かれたんじゃお金取れないし、こっちの会社では・・・・・」とまるでそばで見ていたかのように、労をねぎらったらしい。

父は、おばばがそんな能力があるとは聞いていたが、その類のことは一切信用しない父だったが、さすがにそのように話されるとおばばの能力を信じざるを得なかったらしい。おばばは、心配になると、いてもたってもいられなく、いわゆる幽体離脱をして、心配な人について行ってしまうのだ。こんなことが本当にあるのかと思う人は多いと思うが、まぎれもない事実であり、私の周囲では、結構頻繁に起こっている。

私は、小さい頃から、おばばが遊びに来るたびに、せがんではその類の話に聞き入った。どれだけの時間聞いただろうか?本が一冊かけるほど聞いたと思うし、どの話も私にとっては衝撃的だったので、何十年経っても鮮明に覚えている。

キツネが人間を騙す話やまともに見ると人間にしか見えなくても、特別な方法で見るとキツネであることが明らかに分かるといった、ちょっと信じがたい話もあるが、キツネつまりお稲荷さんのたたり的なことは、私の父も体験済みで、半信半疑なところもある。私の父が、首が突然動かなくなり、母が近所にお稲荷さんをお祀りしているとても仲の良い霊媒師のような人に、父の症状を話したら、ちょっと瞑想したかと思うとすぐに「あなたの家の押し入れの中に、木製で首のないキツネ、つまりお稲荷さんの人形があると思うので、それが原因でそうなっているからそれを探して持って来なさい」と言うのだそうだ。母が自宅に戻り押入れを探したら、鳥肌が立ったそうだが、首のないお稲荷さんがあり、ビックリしてその霊媒師のところへ持っていったら、拝んでくれたらしいが、同時に父の首は嘘のように治ったというのだ。

こんな話は、いっぱいあり、よく「こんなことを言ったら、私は谷藤さんに変な人だと思われるかも知れないが・・・」という前置きをしてからこの類の話をする人が、非常に多いが、私は普通に受け入れるので、皆さんほっとすることが多いのだ。何を隠そう私も同じような体験をしているので、それが非日常とは思わないのだ。

そうは言っても、私にはおばばのような能力もないし、体験といっても殆どないに等しい。いつなんどき考えても、おばばは凄いと思う。昨年亡くなった私の母は、まぎれもなくおばばの娘だが、母も私と同等で、おばばのような能力も体験も少ない。ただ、仏様のようなところは良く似ている。

 

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