検定が出来るまでの30年Vol.14 再建 内閣府認可財団法人認定 ウエディングプランナー資格

検定が出来るまでの30Vol.14 再建

内閣府認可財団法人認定 ウエディングプランナー資格

このころの私にとって、ホテルがたった5年間で数十億円の負債を出すという意味すら分からなったような気がする。東京のど真ん中の大企業が運営するホテルがこのような状態だったが、私はただ業務改善や売上アップだけを考え、一心不乱に業務に打ち込んだ。もちろん私個人の業績だけではなく周囲の方々の協力もあり、対前年比、1年間で200件近くの婚礼件数をアップすることができ、とりあえずの目標は達成できた。その後、再建当初の年間400件の婚礼件数も3年後には750件になり、とりあえず宴会部門の再建は大成功に終わった。

再建スタート時は、まさにバブル経済の頂点の時期で、婚礼件数は現状と大違いで年間約70万組だったが、現代のようなナシ婚は少なく、さらに今に比べ会場数も少なかったので件数確保は、現在ほど難しくはなかったと思う。しかし、当時でもすでに勝ち組と負け組は存在し、婚礼件数を増やすことはそう簡単ということでもなかった。現在のようにゼクシィなどの婚礼情報誌も創刊されていなかった時代なので、もっぱら頼りになるのは婚礼エージェントだった。1993年のゼクシィ創刊まで、婚礼エージェントの隆盛期は続くが、当時の婚礼エージェントの数は、凄まじく多く、東京近郊まででも250店舗ほどあり、どの百貨店でも少なくとも2~3社の婚礼エージェントが出店していた。

東プロ、WIN、相セン、JOYJOY、BIC、JTB、TFCなど挙げるときりがないほど多くの婚礼エージェントが存在していた。当時を知る人にとって、このエージェント名はとても懐かしく感じることだろう。1993年にリクルートのゼクシィが創刊されてから一気に婚礼情報誌のラッシュとなったが、それは同時に婚礼エージェントの衰退のプロローグでもあった。相セン(結婚式場相談センター)はコンパルと改名し、JOYJOYブライダルは、ぐるなびウエディングとして今も営業を続けているが、そのほとんどは、地域限定に縮小したり、廃業したり現在では、婚礼エージェントを衰退に追い込んだゼクシィが婚礼エージェントのトップに君臨している。

この時代から、ブライダルはゼクシィ一辺倒となり現在に至っている。

話は、再建に戻るが、当時でも、1年間に200件の婚礼を増やすのは結構大変な作業である。ましてや、そのホテルの運営は超大手企業でも、ホテル運営は初めてで、婚礼に関してもノウハウはほとんどなかった。しかし、大手企業のコラボレーションだったので、相手企業のスタッフが宴会部門を占め行われていたのが敗因か、私はある方の命令で、相手方の企業の人材を隅に追いやり、健全な運営体制を気づけたのも勝因の一つだったと思う。ここで受けた仕事は、もちろん業績改善であったが、そのほかにも企業戦士として受けた使命はいくつかあった。当時、私は若干29歳、部下には年上の方も多く、私の婚礼経験は、わずか2年、海千山千のスタッフの中に、経験の浅い若造が、ほぼ一人で乗り込み統括していくのだから、半端な気持ちではできなかった。私のタイトルは、係長、上に課長や部長もいながら、その方々を無視し、飛び越えて行う毎日の業務は、縦社会で育った私にとってはやりきれない思いだった。まさに、アウェイのど真ん中で業績を飛躍的に伸ばさなければならなかったので、一筋縄ではいかなかった。いじめや意地悪といったかわいい問題は日常茶飯事だったが、私が一番辛かったのは、明確に決まっている答えがある問題を、わざと聞かれることだった。とにかく私はウエディングに対する業務経験が浅いので、分からないことのほうが多かった。ウエディング経験十数年以上のスタッフが多い中、未熟な私が、タイトルもないのに業績を上げる使命を受けたのだから、その状況は想像を絶するものだった。毎日惨敗という感じで、出口の見えないトンネルに迷い込んだようだった。毎日思っていたことは、何を聞かれても100%正確に答えられるようになりたいということだった。どうすればいいのか誰も教えてくれない。私は、見て覚える、見てノウハウを盗むという職人教育を受けてきたので、物事を成就するのにどうしても時間がかかる。頭がおかしくなるほど毎日追い詰められ、死にたくなるような毎日だった。その時思ったことが、とにかく知識を増やさなければならないということだ。あらゆることを学ばなければならないと思った。そこで、人に頼っても解決しないことは分かっていたので、とりあえず冠婚葬祭の本を5冊買ってきて一心不乱に読み漁った。そして、分かったのが「本質」の存在だった。どの本も書いてあることは違っていても、言っていることはどれも一緒だった。つまり、表現方法は違っても、言わんとすることはどの本も一緒だということに気づいたのだ。これぞまさしく「本質」だ。このことが分かってから、私は学習の方法を今までとは大きく変えた。難しいことをたくさん覚えるのではなく、基本的なことだけたくさん覚えるようにしたのだ。このことにより、どんな複雑な問題でも、どんな無理難題を押し付けられても、全て解決できるようになったのだ。物を覚える時は、幼児期の子供に見習い「なぜ?」の答えを想定しながら物事を覚えていくと非常によく理解でき、一度覚えると忘れないのだ。「なぜ?」の答えこそが「本質」であることが多い。幼児期の子供は、色々なものに興味を示し、疑問を持つので「なぜ?どうして?」とうるさいくらいに質問するのは、本能的に物を覚えるプロセスだからだと思う。

それまで、あえて答えが出ているような問題を、人を試すかの如く意地悪で聞いていたスタッフの行動も徐々に減り、半年を過ぎるころには、誰ひとりとしてそのような質問をするものはいなくなった。

私は、この時の経験が今もなお人生やビジネスのベースとなっている。

 

 

 

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