連載記事58 習慣の持つ意味を見直すべき

昔に比べると、随分と披露宴のオペレーションが変わったように思える。どっちがいいという問題ではなく、結婚式のオペレーションマニュアルが、確立された当時の意図とは大きく姿を変えてしまっているようだ。

 

勿論、マニュアルは、その会場の規模やスタッフの数によって変更していくものであり、あえて昔のやり方を踏襲したり、共通したオペレーションマニュアルであったりする必要はない。

 

しかし、何十年もかけ、多くの人の手によって少しずつ改善されてきた過去のオペレーションマニュアルには、全てにおいて理由があることを忘れてはならない。

 

例えば、今では殆ど使われていない漢字のテーブル記号であるが、

松竹梅、福禄寿、雪月花、鶴亀、祝賀、富貴など、華やかで、おめでたい婚礼にはふさわしい言葉の組合せで使用していた。

 

「松竹梅」は、慶事・吉祥のシンボルとして松、竹、梅の3点を組み合わせたもので、日本では祝い事の席で謡われたり、結納品の水引や引出物などの意匠にも使われてきた。

 

「福禄寿」は、七福神の中の一つで、福は子宝に恵まれること、禄は封(ほう)禄(ろく)つまり財産のこと、寿は健康を伴う長寿、という三徳を具現化した、一般的に広く信仰されてきた神である。

 

「雪月花」は、四季の自然美の代表的なものとして、冬の雪、秋の月、春の花のことを意味し、日本の四季おりおりの風雅な眺めを意味する。

 

「鶴亀」は、鶴は千年、亀は万年というように長寿を表すおめでたい言葉である。

その他にも、祝賀、富貴などおめでたい熟語を、おめでたい婚礼のテーブル記号として使ってきた。

こうした気遣いこそが、日本人の趣のある「心」であり、サービスの原点だと思う。

 

また、結婚式は、準備期間を含め周辺からじわりじわりと幸福感を醸し出し、当日には自分たちを取り巻く全てから全身全霊で幸せを感じてもらうために、テーブル記号までもが、幸せを感じる一部であるという考えからこのようなおめでたい言葉を使ったのである。

 

しかし、記号の役割はそれだけではない。その記号に、オペレーション上の意味を持たせるという、非常に考え抜かれた意図があった。

 

私が宴会サービスをしていた頃、松竹梅は新郎側、福禄寿は新婦側、鶴は新郎の両親席、亀は新婦の両親席と決まっていた。但し、会場のレイアウトによっては、松竹梅は新郎家と新婦家が共有する場合もある。

このことは、宴会予約やサービスは勿論のこと、配膳会のスタッフでさえ把握していた。

 

披露宴スタート前のブリーフィングで、「Aさんは、今日は松のテーブル担当」と言われただけで、Aさんは「今日は主賓席だから、気を引き締めて、ミスのないように」と襟を正すのである。同時に、主賓のテーブルを担当出来る優越感と、自分の実力が認められたことによる満足感が込み上げてきて、良いサービスをしようと張り切って仕事に取りかかる様子がみられたものであった。

スタッフ全員が記号の意味を把握することで、ブリーフィングなどで、松のテーブル担当と言われれば、それがどういう意味か、あえて言葉にしなくても注意点など理解出来てしまうのである。

 

ところが、こうした決め事が、意味を伝えない単なる伝言ゲームのような伝わり方で継承されていった結果、本来の意図の重要性に気づくことなく、見てくれだけで判断されるものになってしまった。

 

例として挙げたテーブル記号も、漢字はダサくおしゃれ感がないと認識されて使われなくなり、ブリーフィングでは、ゼロから説明せざるを得ない事態を招いている。薄っぺらな自己満足で、なんのメリットもないどころか、むしろ業務量を増やしているのだ。

今一度、「慣習」のもつ意味を見直すべきなのではなかろうか。

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