連載41日本的「遊び」の再考こそ人的問題解決の糸口

「お客様何名様ですか?」「3名なんですけど」「大テーブルで相席になってしまいますが」「じゃぁ別の店に行こう」「次のお客様何名様ですか?」「2名ですが」「すみません、今2名席はご用意できないんですけど」という横柄な女性店員の対応は、大手居酒屋チェーン店の玄関口でのシーンである。

この会話は、どこかおかしくないだろうか。ジグソーパズルではない。
空いている席と客数が合致しなければ、効率が悪いと上司に叱られるのだろうか。この日は、金曜日の午後8時。どこの居酒屋も満席状態だが、賑わっているのは金曜日だけ。他の平日や土日は、この居酒屋の社員は街頭に立ち客引きをしているのである。

また、あるファストフード店で出くわした光景だが、8名で来たお客が、テーブルを二つくっつけて一つのテーブルを全員で囲みたいという希望に、女性店員は、店の決まりでテーブルは動かせないという断固たる態度だ。お客は、食事終了後自分達でテーブルを元に戻すと言ったが、店員は譲らず、最後には、責任者を出せということになった。わずか30cmほどのテーブル移動でなぜこんなことになるのかと思う。

一方、ある会場では、経験の長い年長の上司の、ブライダルは受注することにプライオリティがあるという主張に対し、プロデュース会社で数字という視点で経営をかじってきた経験の浅い部下は、薄利では受注する意味がないと、利益を優先したプランを作り販売したが、受注件数は減少した事案がある。

現代は、経験や感などというものは全く無視され、いかにもロジカルな弁の立つ者の机上論が優先され、その机上論を実現させるために、必要以上の労力をかける。先の例でも、会場によって顧客のニーズは異なり、その会場に求められたニーズで商品を作り販売しなければ、売上を伸ばすことなどできるはずがない。

ブライダルは、本質から言うと物売りではない。だから販売する商品や人は、血が通ったものでなければならないが、最近の現実は、コンセプトだのシナリオだの横文字を並べ立てることで、プランナーは自己陶酔し、結果自己満足に終わることがある。

ましてや、プロデュース会社などで、原価のしくみや経営術的なことを少し学ぼうものなら、謙虚さを失い、経営者気取りで物事を判断する。その判断は、わずかな経験がベースで、人として血が通った物ではなく、常に数字あるのみという判断基準で、ことサービス業においては、経営的に危険な香は払拭できない。

改めてプロとはどんな人か考えてみると、それは、その道で十分な知識と実践的経験に裏打ちされ、柔軟な思考をもち、限りなくミスが少なく、任せて安心できる存在だと思う。

一時期企業は、エンパワーメントされた現場の状態を理想的な状態であると認識していた。もちろん今でも特に海外の一流ホテルは実践している。

しかし、前述した居酒屋のように、基本が備わっていない状態でエンパワーメントが実践されると、評判が下がり客は離れてしまう。
とにかく、現代の人は、物事全てにバッファがない。

日本には「遊び」という素晴らしい言葉がある。例えば「ハンドルの遊び」などのように使う。遊びという一見ゆるい言葉だが、実は車のハンドルに遊びがないと、命に関わるほど危険な状態になる。これほど重大なことを表す言葉を「遊び」と表現する日本人こそ、ウイットに富みバランス感覚があると言える。日本の文化や人は、こうした言葉に支えられてきたといっても過言ではない。
しかし、最近の人には、この遊びやバランス感覚が乏しいように思えるのはなぜなのか。その答えこそが、現代の人的問題の解決の糸口になるのではないかと思う。

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