連載記事19 御三家がやっているならいい?

私のホテルマン人生を振り返ると、駆け出しの頃から、お陰様でたくさんの事を学ぶことができた。私は、大学生の頃、レストランで毎日朝から晩までアルバイトをしていた。そのかいがあってか、ホテルに入社してからは、トップの命を受け、宴会、レストラン、宿泊の各セクションまで3ヶ月から半年間のレンジで全て経験出来た。

その中で、宴会にやりがいを見出し、2つ目のホテルで宴会予約を希望し入社して以来、私のホテル人生は、宴会一色となった。

とにかく、受身の仕事は自分の好みやポリシーに合わないので、勝手にどんどん進めて、上司から苦言を呈せられることも多かった。
宴会マンとしてまだ駆け出しの頃、「こういう試みを行いたいのですが、リスクもなく、経費も掛からないのでやってもいいですか」と上司に新企画を提案した。
上司の答えは「御三家がやっているならいい」だった。私は、この時、駆け出しながら大きなショックを受けたことを30年近く過ぎた今でも鮮明に覚えている。

その後も、何か新しいことをしようとするたびに、同じ壁にぶつかってしまい、前に進むことが出来ないことが何度もあった。
私にとって、そのストレスは非常に大きく、そこから逃れたいといつしか思うようになった。その頃の私に考えられる解決法は、一日も早く部門のトップになって、現場の頂点で仕事をすることしかなかった。

そこから、一心不乱に働き、いずれその地位を得ることになったが、状況にあまり変化はなかった。つまり、サラリーマンとして大きな組織の中で仕事をしている以上、どこまでも制約はついてくるということをつくづくと知らされたのである。

今思えば若気の至りだが、私は、ある時期から、胸のポケットにいつも辞表を入れて仕事をしていた。自分にも仕事にも妥協したくなかったし、自分の魂を込められないような仕事はしたくないという一念だった。
そのパッションとモチベーションは誰にも負けないと思っていたし、事実認めてくれる人も周囲には多かった。反面、次々と新しいことを行うために、失敗もするので、直属の上司にとっては、おそらく厄介な部下だったと思う。

これと同じことを、最近、色々な方々とビジネスを進めていてよく感じる。企画を練っている段階では、相当強いパッションと高いモチベーションを持ち、同じ熱意と目標を持って話をしていた担当者が、会社に持ち帰った後、さしたる理由もなく上司から駄目出しをされることが多いことだ。

それも、ノーリスク、ノーコストであってもNoと言われることが多い。弊社に何か問題があるのかと疑ってしまうが、探ってみるとどうもそうではないらしい。単に「前例がないから」といった理由なのである。
ことブライダルに関して言えば、こんな時代で、市場が確実に縮小しているのだから、ただ手をこまねいているよりも、ノーリスクであればとりあえずその可能性にかけてGOであろうと思う。

会社が大きくなれば、当然だが手続きは複雑になる。しかし、それが当然と片付けてしまっていいのだろうか。
紙の上のデータを見ている人より、足で回る人の方が見える世界もあり、また、未熟であるかもしれないが新鮮な視点もあるかもしれない。
本来の目的達成をするだけで大変な状況の中でも意気軒昂な、有望な人材のやる気が、会社内部の体制が協力的でないがために失せてしまうようでは、会社にとっても良い影響はないはずである。業界のしきたりや習慣、従来の仕事のフローややり方を変えるのは厄介な事かもしれない。
しかし、企業が生き残るためには、何が本質か、何がプライオリティかを見抜く眼力を持っていることが最も重要で、それを実行していくことこそ今必要なことであろう。

関連記事

著作権・リンクについて

当サイトの記事、写真等の著作権は、当サイトもしくは、記事、写真等を提供頂いたかたに帰属しており、無断転載は禁止致します。画像や文章を許可なく転載された場合は、情報提供元より使用料を請求されることがあります。また、場合によっては、法的措置が取られる場合もございますので、無断転載は厳にお慎みくださいますようお願い致します。

当サイト記載の記事を引用される際には、正しく引用タグ(<q>タグまたは<blockquote>タグ)をご使用ください。また、必ず引用元を明記くださいますようお願い致します。

当サイトへのリンクは、原則として自由ですが、当サイトへのリンクであることを明記くださいますようお願い致します。但し、リンクが不適切と弊社が判断する場合は、お断りさせていただく場合もございますので予めご了承ください。

ビットマップへの問合せ
IWPA国際ウエディングプランナー協会
ウエディングプランナー業務委託
テキスト
結婚式総合保険
アイウィッシュ
ユアスタイルウエディング

社長ブログ母の思い出

  1. 母の思い出

    2015-2-23

    母の面影1

    はやいもので、母が亡くなってから2か月が過ぎた。 母は、北海道に180平米以上もある家に一人暮…
  2. 母の思い出

    2015-2-14

    母の49日

    病床に就いていた母が、昨年12月14日に亡くなった。 私にとっては、91歳の母を頼りにしていた…
  3. 母の思い出

    2014-10-28

    綿のように軽かった母

    3ヶ月ぶりの秋の北海道の3日間の滞在は、最高の天候に恵まれた。特に最終日の穏やかさは、天変地異の前触…
  4. 母の思い出

    2014-7-26

    別れ

    来る時が来るかも知れない。そんな恐怖に襲われたのは、つい2日前のことであった。 兄貴から連絡があり…
ページ上部へ戻る