連載記事26 プロとしてのプランナーの仕事とは何か?

私は、大学卒業後に就職したホテルで、希望が叶って宴会場の配属となり、宴会屋としてのスタートを切った。宴会部門を一通り行った後は、レストラン部門・宿泊部門を経験し、ほぼ全部門を経験したが、最初の半年間、職人気質の厳しい職場では、「はい」と「すみません」の二言だけしか発言した記憶がない。

私は、自他ともに認める「プロ」になりたいと切望し、いつしか宴会のプロとして「宴会屋」を目指すようになったが、一方で「プロってなんだろう」と、何度となく自問自答してきた。

駆け出しの頃の私にとっての「プロ」とは、「宴会に関するどんな質問にも答えられること」で、それが自分なりのプロの証だと思っていた。とにかく先輩に一人前に扱って貰うためには、彼らと対等の知識とスキルを身につけなければならないと考えていた。

私は、大学生時代、アルバイトと遊びに明け暮れており、社会人になってこれほどまで勉強しなくてはならないとは思ってもいなかったが、それこそ寝る間も惜しんで勉強したものであった。
全体研修が終わり、配属され、精神的にも肉体的にも厳しく激しい洗礼を受け、振るいにかけられ、耐えられたものだけがプロとしての道を歩むことができたような気がする。

また同時に、後輩の育成も一つの大切な仕事であった。組織としてプロの養成をしていくので、時と共にノウハウが蓄積し、会社中にプロが育っていくのである。
プロ集団は、プライオリティを自分で判断でき、円滑な仕事の運び方が出来るので非常に効率が良い。現代社会でブラック企業と言われるところは、プロの域に達するまでの教育訓練を受けさせていない者に過剰な仕事をさせ、負わされる仕事量や責任と能力が見合っていないため、結果として1~2年で退職するスタッフが多いという。

ブライダル業界もまさに同じ状況で、特に最近はプロ養成が全くできていない。ゆえに本質を見失っていることが多いように感じる。
本来、婚礼・宴会の重要な部分は、前日までの打ち合わせにある。披露宴当日が感動的な1日になるかどうかは、前日までの打ち合わせがどれだけ密に行われ、どれだけきっちり手配が出来たかで全て決まるのが宴会の本質である。
しかし、現在の披露宴の良し悪しや人気の評価基準を見ていると、あまりに当日の装飾が偏重され、結婚式の本質やプロとしてのプランナーの仕事がなおざりにされているのではないかと思う。

確かに、会場の装飾は、披露宴にとって重要であることは間違いない。
しかし、その装飾にどんな意味があるか、どんな理由があってその装飾をするに至ったか、が重要ではなかろうか。
勿論、スタイリッシュでセンスが香る環境を作ること自体も装花演出の目的ではあるが、一方で、なぜ会場に装花があるかというと、それは、癒しやくつろぎであり、参列者に対するおもてなしとしての雰囲気作りであり、また特別な席で食事のひとときを共にする非日常空間の演出である。

ところが、現在の婚礼の当日の装飾を見ていると、何の意味があって飾っているのか理解できないどころか、なぜそこにそれがあるか疑問に感じてしまうものさえある。単なるどこかの模倣だけで作られた会場装飾が、披露宴に来ていただいたお客様のおもてなしになるかどうかは非常に疑問である。
会場側が、物珍しさだけでそうした装飾を一律にお客様に推奨するのは、あまりにも芸がないように思う。

ブライダルに携わる人たちに、今一度、プロとしてのプランナーの仕事は何かという本質に立ち返っていただきたいと思う。
意味もない演出や装飾を外部に依頼するよりも、自社で本物のプロを養成することを考えた方が、本来のESの上に成立するCSを勝ち得る近道だと思う。

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