連載原稿74 商品ではなく買い手を見る

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もう10年近くも前になるだろうか。私は、全く異業種である消毒薬の販売に手を出してしまい、取引先の計画倒産に巻き込まれたこともあって、大失敗をしてしまった。

 

食中毒対策として手指にアルコールを噴霧する商品で、皆さんもご存じかと思うが、これがまだ知られていない頃に、一般家庭向けの手指消毒ジェルの販売を行ったのだ。米国ではどこのスーパーにも置いてある商品で、その米国最大手のメーカーから日本の総代理店の権利を貰ったことで、前途洋々かと思われた。

 

輸入販売に際し、医薬品・医薬部外品で登録するか化粧品登録をするかで悩み、医薬品登録は費用も認可期間も相当かかるため、最初は化粧品登録と決めた。アメリカと日本の薬事法の違いは大きく、何度も壁にぶつかり、なかなか前進しなかったが、ようやく許可取得にこぎつけ、日本初の一般消費者向け消毒ジェルの販売ということで、販売予定日の8か月前にプレスリリースを行った。

 

ところが、忘れもしない悪夢が、今も鮮明に蘇る。

販売予定日が8月下旬なのに、8月になっても入荷しない。この手の商品は晩秋から年末にかけてのインフルエンザの時期が勝負となる。米国の会社に問い合わせたところ、7月に米国2位の会社と合併し、商品の製造ラインの統廃合を行っているために、納品が遅れるとのことだ。

何度催促しても埒が明かず、商品が届いたのは、なんと翌年の2月。結果として、膨大な在庫を抱えることになってしまった。

 

これが最盛期前に届いていればという思いもあるが、本質的な問題は、日本の「手を洗う」という習慣であった。当初、我々はいきまいて、このジェルさえ携帯すれば水が無くても清潔なのだと、習慣を変えてやるくらいのつもりでいたが、そんなことは、自分の会社の規模では出来るわけがない。分かってはいたが、走り出してしまったものをすぐに止める勇気もなく、ずるずると続けてしまったのである。

 

更に、そのジェルには、アメリカチックな匂いがついていた。今でこそ香りつきの商品がもてはやされているが、当時の日本人に提案するには冒険が過ぎたようだ。

それでも米国での販売状況を実際に見て来たし、世界中の米軍が使用し、日本の米軍キャンプに行ってもごろごろ転がっているので、売れない根拠を認めることが出来なかったのだ。

 

我々のリリース後、日本の大手医薬品メーカー4社が、同様の商品を発売したが、いずれも撤退縮小であった。

 

良い商品だから売れるとは限らず、また、習慣や文化に関わる商品は、余程慎重でなければ受け入れなれないということを学んだ苦い経験である。

 

アメリカから進出してきたアバクロンビー&フィッチ、通称アバクロというアパレルメーカーをご存じだろうか。鳴り物入りで2009年に銀座で日本進出、翌年日本最大の福岡店をオープンして大変な勢いだったが、先日、売上低迷で赤字転落というニュースが出ていた。

 

ロゴが入った服は、セレブも愛用したことで、米国では爆発的な人気となり飛ぶように売れたが、今の若者にはロゴが目立つデザインは好まれない。また、暗めの照明と大音量の音楽が流れるクラブ風な店内に、フレグランスを漂わせ、お洒落な男性店員が接客することで注目を集めたが、最近の若者は、そのような演出も敬遠する。日本でも「さとり世代」は、「恋愛しない」「ブランドに興味がない」「海外旅行をしない」などと言われ、時代の移り変わりと共に、ブームは去っていこうとしている。

 

これもまた、商品を売るためには、消費者特性を掴み、その消費行動を学ばなければならないという例である。

売るためには、商品を見るのではなく、買い手を見ること。それが販売の本質であろう。

 

 

 

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